いつも通りの素っ気ない言葉を置いて、僕は今日も一人足早に外へ出る。今までずっと、交流も深めず淡々とこなして来た。下手に仲良くなってしまっては今後 に差し支える。中途半端な社交辞令に疲れてしまうくらいなら、初めっからコネクションなんか作らなければいい。
いつも通り人より早くに帰宅すると、玄関のドアノブにコンビニ袋が引っ掛かっていた。家賃の請求書って訳ではなさそうだ。
「おめでとさん」
もはやそう書かれていたのかも分からない。何か書いてある様にも見える黒い線が、雨に濡れていよいよ読めなくなっていた。中身は何もなく、色々な想いだけ がキッチキチに詰め込まれたまま、よくも切れてしまわなかったな、というくらいにギリギリのところで踏みとどまっていた様に見えた。
こんな事をする奴なんて一人しかいない。そう思った僕は持っていた荷物を玄関の前に置き、引っ掛かっているコンビニ袋もそのままに振り返って走り出した。
もうどれくらい走ったんだろう。こんな道、通った事ない。真っ暗で先も見えなくて。でも、それでいて何だかとても温かい。目を閉じてもしっかりと繋がって いる様な、だからといって目を見開いて何が見える訳でもなく。
突然辺りがパッと明るくなった。なんだ、こんなところに隠れていやがったのか。全然気づかなかった。しかもここってすぐ近くじゃないか。ったく、探させや がって。それにしてもお前ってこんなに難しい漢字だったっけ。しかもどう読んでもお前の名前には読めないし。ここに入る前に名前変えたのか?言えよな、そ れなら。…なんて、言える訳ないか。もう出て来れないもんな。
こんな四角い石の塊に言うなんて、何とも変てこな気分だけど、精一杯言わせてもらうよ。
「どうもありがとう」
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