
ついさっきまでやかましかった緞帳の向こう側がとたんに静かになり、それはもはや講師の先生達バンドを見終わった女子高生とおば様たちが席を立った後にも思 え。結局はこういうオチ、静まり返った体育館の中、俺と親友は響き渡るとてつもなくでかいホールの中で、気持ちよくも悲しく歌い尽くして去ろう、そう誓い 合った訳であります。
さぁ、緞帳が上がりました。スポットライトが我等2人にドッと当たる。一瞬とも言わずしばらくの間目はくらみ、辺りは本当に何も見えない、客云々の前に此 処がどこなのかさえも分からないくらい、そんな、逆光の中、まさに逆境の中、スポットライトが一瞬それたほんの少しの間に潰れかけた目を凝らして当たりを 見回すと、なんとも信じられない数の見物客が体育館全体を覆いつくしていたのであります。
講師の先生達バンドが演奏をしていたときは椅子が全部埋め尽くされていたのでありますが、我らの時はそんなもんではなく、立ち見の連中が肩をぶつけなが ら、なんだったら学校中の連中が見に来ているような、先生達も見に来ているような、そんな奇跡的な光景が目の前に広がっていたのです。
ありえないタイミングでの笑みを必死に堪えながら、隣を見ると親友も同じような雰囲気で。ついさっきまでの緊張はどこへやら、ワクワクで一杯の現実に心は 舞い上がっていたのであります。
「どうも、Hypocritesです」
その一言は親友に譲りました。が、その一言の後に飛んできたそれはそれは恐ろしい黄色い声援に、少し後悔も覚え。
とはいえまだ始まったばかり、何もしていないのに黄色い声援だけで満足してしまってはまるっきり意味がない、今日まで練習してきた結果をぶつけなければな らない訳で。
1曲目は親友が歌い、次の曲は俺が歌い、その次の曲は2人で歌い。その当時にフォークソング的なスタンスでもって世間を賑わせているバンドはまだなく、そ んな中、バックにはドラムセットもアンプもスピーカーも完璧なまでに用意されているというのにも関わらず、俺と親友は折りたたみの椅子とマイクを4本だけ 使い。
「俺らは今日、初ライブを無事に終えることが出来そうです。これも一重に皆さまのお陰です」
まだまだMCをやめない親友がそう言うと、相も変わらず逆光で何も見えない真っ暗闇の中から、「おめでとー」だの「うれしー」だの、聞いたことのない声が そこらじゅうから飛んできて。さぁ、そろそろ俺も何か喋らないと。
「実は、皆様に言っておかなければならない重大なお知らせがあります。我々は今日で解散となります」
2人してそれなりにライブの運び方を考え、初ライブにして解散ライブ、という地味すぎる笑いを取りに走るべく考え出したこの台詞を任され、俺が万を持して マイク越しに発表した途端、思わぬ展開が我々を襲い。
「やめないでー」
こいつ等はもはやあほ以外の何者でもないな、と感じた瞬間でありました。
とはいえそんなリアクションがあるとは思ってもいなかった2人は返す言葉もなく、そんなあほどもの言葉に返事一つ出来ない我々はもっとあほだった訳で。
何とか無事にライブは終わり、講師の先生方からは「よかった」「かっこよかった」なんて褒め言葉をさんざいただき、我々の思い出もしっかりと作れたな、な んて思いながら自分たちの教室へ荷物を運んでいたその時です。
「マネージャーにしてください」
と、言い寄ってきた女子が4人。今思えばあのときに二つ返事で「はい」と言うべきだったのに、2人が同時に発した言葉は
「いや…」
でありました。
大体にしてさっきのMCのリアクションですらまともに出来なかったというのに、まさかこんな展開を誰が予想したでありましょうか。我々にしてみれば精一杯 だったのです。
後々の話では、その日以来俺と親友のグループのファンクラブが発足されたとか、俺個人のファンクラブまでもが発足されたとか、様々な噂が飛び交う中、俺と 親友はマイペースにその場を去り、それぞれがそれぞれに進路へ向けて勉強を始め、気付けば2人とも大学進学への切符を手に入れることになる訳であります。
卒業式の日に2人で言った決め台詞は勿論
「大学だけが人生じゃないんだよ」
でありました。
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