
7月上旬、僕は大学生活を満喫していた。講義にアルバイト、サークル活動と、どれをとっても全てが新鮮で。高校卒業と同時に社会に入っていった同級 生達にはきっと社会勉強的なところで劣るのだろう、なんて思っていたのだけれど、大学進学を選択したからといって社会勉強が出来ない訳などなく、いやむし ろ彼らには味わう事の出来ない刺激的な出来事がそこら中に転がっている様な、むしろ、より社会勉強ができるのではないか、なんていう気持ちにさえなってい た。
しかしながら恋に関してだけは無駄に踏ん張っている自分もいた。新入生を狙う魅力一杯の先輩、同期の可愛い女の子、果てはアルバイト先のおばさま達までも が、違う土地から来たということ、無駄に背が高いということ、標準語ということ、どれをとっても全てが偶然だというのに、決して今時の顔などしていないと いうのに、そんなところだけを見て僕に近寄ってくる。
僕はそれを振り払い、ただひたすらに夏休みを待った。あとひと月もすれば彼女に会える。お互い活動の時間帯が違うのもあり、なかなか電話の出来ない日々が 何ヶ月も続いてはいたものの、それでも時々手紙を送り、手紙は届いていた。
7月中旬のある日のことだった。夜も更けた頃に家に戻って玄関を開けると、それと同時に1枚の紙切れがひらりと足下に落ちた。拾い上げてそれを見ると、宅 配業者からの不在届けだった。
次の日がちょうど休みだった僕は、紙切れ片手に郵便局へと足を運んだ。手紙一通にしては大き過ぎる段ボールを原付の足下に置いて、帰りにコンビニに寄って 飲み物を買い、エアコンなしではこたえる暑さの中、違う土地での初めての夏を体で感じながら、家に戻って早速段ボールを開封。
中には、お気に入りのアーティストのCDと、PVクリップ集が入っているビデオテープ、それから水色の封筒に入った手紙だった。青空の様な色の封筒に、雲 の画はなかった。
「こっちの大学で、好きな人が出来てしまいました」
そう書かれた手紙は、今まで僕を支えていた何かを確実に崩し、僕はその場でただ動けずにいた。
コンビニで買って口を開けられた炭酸飲料が、シワシワと小さく音を立てていた。
エアコンの首がスィと動き、押し出される風の音が少し大きくなり、そして少し小さくなり。
気づいたら外はもう夕方になっていた。日もだいぶ長くなった夏だというのに。
…それから7年の月日が経ったある日、高校時代の友人が突然実家に顔を出し、小さな袋を置いていったとの話を親から聞き、僕は実家へと足を運んだ。
中には、4つに折り畳まれた20cm程の紙が入っていた。
「何だろう」
そう思った僕は、実家に上がってそのまま客間に行き、折り畳まれた紙を開いた。
気づいたら、両親が慌てふためいた顔で僕を見下ろしていた。母親の手にはティッシュペーパーがあった。
僕はおんおん泣いていた。
僕の大学生活の思い出が、ひとつ、ゆっくりと幕を下ろした。
元気ですか。今はとりあえず生きています。この手紙を書いたのは19xx年3月31日。4月3日からは愛知へ行くという、ちょうどキリの良い時期なので す。
7年後ということで、とりあえず外国へ行っている自分が、この手紙を読む為に帰国した、なんてオチがあると素晴らしいと思います。今は18歳です。精神的 にも段々大人へと近づいている子のご時世に、25歳の自分の素晴らしいまでの成長ぶりを期待しつつ、今よりも、より健康である事を祈っています。
あ、どうせならついでに2つだけ。
人に自慢出来る職業なんて期待してません。外国がらみの人生を送っていてください。
それから、俺とあなたにしか分かんない話だけど、あいつとはどうなりましたか?これを埋めてから愛知に行くまでにちゃんとコくりましたか?まさか今も一緒 に読んでいたりなんかするのですか?ま、俺の事だ、フられちまっていることでしょう。でも、そうじゃなかったらいつか会えた時に、一緒に喜びましょう。も しそうじゃなかったら俺に八つ当たりしてください。一杯泣いてください。一杯一杯、泣いてください。
でも、俺はあなたの側にいますから。
18の俺に慰められている様ではダメだな。なんて、もうフられてるみたいな言い方でごめんなさい。
とにかく、頑張ってください。ささやかな夢にも精一杯の想いを。
19xx年3月31日AM1:07
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