その昔、実家の玄関の前には門がついてた。
まだ幼かった頃の話。
ある日僕は偶然玄関の前にある黒い鉄製の塊を見つけた。
雨に打たれ何年も放置されていたそれは錆びていて、
ところどころ赤茶色に剥げていた。
どうやら実家の門番役をしていた門らしい。
開閉するだけのスペースはなく、
それを遮る様に自転車やバイクが置かれていた。
思い立った僕は、
置かれている自転車とバイクを動かし、
門を閉めてみようと試みた。
悲鳴の様な音をあげ、
門はギィギィと閉まり始める。
黒く塗装されたペンキが、
赤茶色の錆と一緒になってボロボロと地面に落ちていく。
やがてしっかりとあるべき位置に落ち着いた門は、
それはもうひどい有り様だったのだが、
当時の僕はひどく喜んだものだった。
決して大きな家ではなかったが、
何だかいつもよりも立派に見えた。
やはり門ってものはこうでなくては。
時は過ぎ、実家では両親が2人とも車を使う生活が始まり。
車を置くスペースが必要だ、という事で、
2台目は家の前に置く事に。
それまで自転車と物置小屋のあったスペースをすっかり奇麗にし、
家を囲んでいたブロック塀も取り壊される事となった。
門を支える番の取り付けられていたブロック塀。
必然的になくなってしまった。
残されたもう片方の門は、
片方しかないのでは役目を果たせる訳もなく、
いつの間にか姿を消していた。
やがて、白くならされたスペースには、
母親の使う車がに置かれる様になった。
「どうぞ、いらしてください」
そう言われ、僕は仕事先から託された品物を先方の家へと運ぶ。
呼び鈴を押した僕と先方の玄関までの数メートルを、
黒や白や灰色の門が、
勇ましい態度でしっかりと番を張っている。
ノブを握られ「キィ」とだけ鳴いて、
門は優しく僕を受け入れる。
あの日泣いてくれたあの音は、
痛みから来るものだったのか。
喜びから来るものだったのか。
そんな事を思いながら、
今日も僕は優しく門を開ける。
冬はもうすぐ。
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